20世紀は化学合成農薬を用いて農業の集約化・効率化が推し進められた時代でした。しかし残留農薬による副作用や環境汚染の問題が広まり、現在では環境コストを考慮した持続可能な農業が求められるようになっています。

有機農業は持続可能な農業の理想型の一つですが、日本および世界の人口や消費・ビジネスの動態に照らせば効率性の面で問題があり、今のところ一種の嗜好品ビジネスにとどまっている感があります。効率性を持続可能性と両立させていくことが21世紀の農業の目標と言えます。

そんな中で注目されているのがオゾン水の活用です。オゾンは強力な防除作用を有する一方で放っておいても酸素に分解してしまうという性質があり、これからの農業にとって非常に有望な存在です。オゾンを農業に適用する試みはすでに長い歴史がありますが、技術の進展により効率的で安全な使用が可能となり、市販機器も豊富になってきたことで、オゾン活用の本格的な普及が始まっています。

この記事では農業に役立つオゾンの性質をわかりやすく解説し、農業にオゾンを導入した事例を紹介していきます。「最近オゾンという言葉をよく聞くが、本当に使えるのだろうか?」と「まゆつば」に感じておられる方も多いかもしれません。基本的な点を理解し実際の導入例を検討することで、オゾン活用のイメージが明瞭になることと思います。

オゾンと従来の農薬の違い

農業だけでなく医療や食品加工など幅広い分野でオゾンが注目されているのは、従来の薬剤とは正反対とも言えるユニークな性質を持っているためです。ここではとくに農業利用を念頭に置き、従来の農薬と対比させながらオゾンの性質を解説します。

作物や環境中に残留しない

DDTを初めとする古典的な化学合成農薬は手軽に広範囲の害虫・病原体を排除することを目的として開発されたもので、次のような特徴がありました(※1)。

(1)自然界には存在しない有機化合物を主成分としている
(2)化学的に安定で、散布後長時間にわたり効果を発揮する

これらの特徴は裏を返せば副作用の危険と残留性そのものを表しています。農薬開発はより安全な薬剤を求めて自然界に存在する化合物やそれに近い合成物を用いる方向へシフトしていき、国際機関や政府により農薬への規制が重ねられていくことになります。

農薬の残留物は生物に直接作用するだけでなく、オゾン層破壊という地球規模の問題につながる場合もあります。臭化メチルは自然界にも存在する化合物で、多種類の病害虫に対し有効な上に副作用が少なく安全性が高かったため広く利用されてきましたが、モントリオール議定書でオゾン層破壊物質に指定され、現在では生産・使用ともに全廃されています(※2)。

一方、オゾンは地表でも低濃度で存在し(※3)、非常に不安定な分子であるため通常の環境では自然に酸素に分解してしまいます(※4)。適切な濃度で用いれば病原体への殺菌力を示したのち速やかに無害な酸素へと変化するため、残留性のない農薬として使用できるのです。

農林水産省が定めた特定農薬(人畜などへの安全性が明らかな農薬)のなかに次亜塩素酸水という物質があり、農業や食品加工の現場でも広く用いられていますが、多くの場合使殺菌後に大量の水で洗い流す必要があります。オゾンは放っておいてもすぐに分解してしまうためこの手間も不要です。

酸化力が強く、ほぼすべての細菌・ウイルスに効く

オゾンは非常に強い酸化力を持っています。殺菌剤に広く用いられている塩素よりも強く、通常見られる物質のなかではフッ素に次いで二番目の強さです(※4)。したがって高濃度では人間や動植物にも有害ですが、適切な濃度に設定することで病原体にだけ効果を発揮するようにすることができます。

また、抗菌剤・防かび剤・抗ウイルス剤は選択毒であり、特定の範囲の細菌・カビ・ウイルスにしか効果を持たないため、用途に応じて多数の薬剤を使い分ける必要がありますが、オゾンは強い酸化力で相手を選ばずに攻撃し、ほとんどすべての細菌・カビ・ウイルスに対し効果を発揮します。

薬剤耐性菌を生まない

微生物は人間などと比べて増殖速度が桁違いに速く、その分だけ突然変異の起こる頻度も多くなります。それまで特定の薬剤で殺されていた微生物がその薬剤への耐性(抵抗性)を身につければ生存に非常に有利になるため、突然変異で生じた薬剤耐性はまたたく間に近隣の同種に広まり、感染症の蔓延を引き起こします。それを予防するには作用性の異なる複数の殺菌剤をローテーションで使用するといった対処が必要です(※5)。

殺菌剤は特定の部位に狙いを定めたワンポイント攻撃で微生物を殺すため、その一箇所が突然変異で変われば薬剤耐性が生まれてしまう可能性があります。一方、オゾンは強い酸化力で微生物の体に多方面から攻撃を仕掛けるため(※6)、オゾンに耐性のある微生物というのは非常に生まれにくいのです。

残留農薬を除去する効果も

オゾンが有機化合物を分解する作用を持つことは古くから知られています。農薬の多くは有機化合物であるため、農産物の出荷前にオゾンで処理することにより残留農薬削減の効果が期待できます。塩素も同様の効能を持ちますが、オゾンの方が分解できる農薬の数が多いという研究結果があります(※7)。また、上述の通りオゾンならば洗い流す必要がありません。

ランニングコストが低い

オゾンを発生させるために必要なのは発生器と水と電源だけです。選択毒性の殺菌剤などは対象に応じて数多く用意しておかねばならず、保管のための場所・管理費もいります。塩素系殺菌剤は購入費・管理費とともに大量のすすぎ水のための水道代が必要になります。

次亜塩素酸水はオゾンと同様に電気を用いて装置で発生させるもので、材料は水と塩です。したがって塩の購入費・管理費が必要です。また、使用法によっては大量の水ですすがなくてはなりません。

殺菌剤や次亜塩素酸水に比べ、トータルのランニングコストはオゾン殺菌のほうがかなり安上がりな場合が多いと言えます。

オゾン水の活用例

オゾンは残留性がないとは言え、殺菌などで比較的高濃度のオゾンを用いる際にはオゾンが意図しない空間に逃げることを防止する必要があります。オゾンをガス状で用いるよりも水に溶解した状態のオゾン水として用いる方が扱いやすいという利点があり、また、オゾンガスよりもオゾン水のほうが殺菌作用が強くなる傾向もあります(※4)。

そこで、オゾン水を農業に導入した事例についてここでは紹介することにします。概ね栽培から出荷までの流れに沿って見ていきます。

オゾンやオゾン水をより詳しく知りたい方はこちらの記事もご覧下さい。
オゾンとオゾン水

資材の殺菌

育苗用のトレイ・支柱など繰り返し使用する器具や、養液栽培の栽培ベッド・培養液タンク・パイプラインといった設備は消毒が不可欠です。消毒にはケミクロンG(次亜塩素酸カルシウム剤)などの塩素系消毒剤やホルマリンがよく用いられますが、これらを使用した後には洗浄が必要で、洗浄が不十分だと作物に発芽障害や生育遅延を引き起こします(※8)。また、廃液の処理も問題となります。

研究によると3~5 ppmのオゾン水で15~30秒間洗浄を行うことで資材を十分に殺菌でき、使用後にすすぎ洗浄をしなくても発芽率が低下することはありません(※8)。廃液処理の問題もありません。

種子の殺菌

種子や球根の病原菌は表面に付着している場合(付着型)と内部に深く侵入している場合(侵入型)とがあり、消毒には熱処理、有機殺菌剤、塩素系消毒剤などが用いられてきました。この中では熱処理がもっとも安定した殺菌効果を持ち、唯一侵入型にも対応できますが、処理温度の管理が難しく、発芽に悪影響を与えるリスクがあります。薬剤を用いる際には耐性菌発生を避けるための処置が必要で、廃液処理という問題もあります(※9)。

水稲種子の病原菌(馬鹿苗病菌・もみ枯細菌・いもち病菌など)に対するオゾン水の殺菌効果を調べた実験(※9)では、0.8~2.5 ppm程度のオゾン水により短時間で病原菌が殺菌されました。ただしこれは菌そのものを攻撃した場合です。

菌が種子に感染した状態では、種子表面の毛に付着した多数の気泡に妨げられてオゾン水が菌に近づけず、そのままでは殺菌効果を持ちませんが、真空ポンプによる脱気処理をした上で2.5~5 ppmのオゾン水に5分間浸すことで付着型病原菌の殺菌が可能となりました。また、この処理によって種子の発芽率と発芽状態は悪化しないことが確かめられています。

養液栽培での殺菌・不純物除去

養液栽培では病原菌の拡散が容易で、根と病原菌の接触機会も多く、溶液中で病害が蔓延しやすい傾向があります(※10)。とくに培養液を循環させる方式ではそのリスクが高まります。

再利用する養液をオゾン水生成装置に取り込み、養液にオゾンを溶解させて殺菌を行った上でタンクに戻すというシステムが開発され、実験で効力が確かめられており(※11)、同タイプの設備はすでにさまざまな現場で実用化されています。また、ごく低濃度のオゾン水であれば作物の生長を阻害することはない(※10)ため、オゾンを含んだ養液を栽培ベッドに供給するという方式も行われています。

培養液に用いる水には作物の生長を阻害する不純物が含まれている場合があり、予めそれらを除去・分解しておくことが重要ですが、オゾン水は病原体に限らず広く有機物を分解する作用を持つため、用水浄化に利用されています。

散布による防除

植物の地上部に低濃度オゾン水を散布すればうどんこ病などの病害の予防が図れることが明らかになっています(※12)。適切な濃度であれば土壌微生物への影響もなく、人畜に無害で散布器具の洗浄も不要であるため、次亜塩素酸水以上に「水まき感覚」で防除に利用することができます。

収穫後の洗浄・農薬除去

収穫した作物やカット野菜のオゾン水による消毒も広く行われています(※10)。次亜塩素酸水と比べても、殺菌力・安全性・ランニングコストの各面でオゾン水は優れていると言えます。

上述の通りオゾンには農薬を分解する作用もあるため、農薬を利用して栽培した作物について収穫後にオゾン水による残留農薬除去を図ることもできます。農薬の中にはオゾン単独では十分に分解されないものがありますが、適宜他物質を併用することで大きな効果を得ることが可能です(※13)。また、農薬によってはオゾンとの反応で有害物質が生成する場合があり、高濃度の農薬を処理する場合には注意が必要です。農薬分解促進と有害物質生成抑止を両立させるシステムの開発も行われています(※14)。

植物工場

植物工場は現在盛んに研究開発が行われ今後の進展が期待されています。植物工場では工場という性質からしてオゾン水の生成・管理が容易であるため、幅広い活用が見込まれています。

まとめ

これからの農業では残留性のある農薬を避け環境コストの低い方法で防除を行うことが基本的な目標となります。これに向けてさまざまな物質と方法が研究され開発されている中で、防除力と安全性を両立するユニークな性質を持つ物質として注目されているのがオゾンです。

農業でオゾンが活用可能な場面は多岐にわたりますが、多数の研究者・開発企業によって各々の現場に適したオゾン処理法の研究が進み、オゾンを効率よく病原体に接触させる技術や安全な管理を図る方法なども考案されたことで、オゾン活用はすでに幅広い実用化の段階に入っています。

上に見たように、栽培の出発点から収穫物の出荷や加工にいたるまでの各段階でオゾンは活用されています。オゾン水は殺菌力と残留性のなさで優れているだけでなく、比較的管理しやすく、ランニングコストが低いのも利点です。大規模なシステムから小規模の栽培施設・農場まで、多様なニーズに応える柔軟性を有しており、農業経営の実態に合わせて導入していくことができます。有機農業との両立も可能です。

各々の農家・農業経営者が自ら進んで持続可能な農業に取り組んでいくことによってこそ未来の豊かな農業は形作られていきます。オゾン水などの新しい方法を率先して取り入れていくことは、経営力を高め商品の差別化を図る上でも有望な選択肢と言えるでしょう。

■引用元
※1)「これからの農薬開発について」
https://www.jstage.jst.go.jp/article/yukigoseikyokaishi1943/32/2/32_2_77/_pdf
※2)グリーンジャパン「臭化メチル削減計画とは」
http://www.greenjapan.co.jp/shyuka_substitute.htm
※3)気象庁「地上オゾン」
https://ds.data.jma.go.jp/ghg/kanshi/ghgp/o3_trend.html
※4)日集中医誌2000 年 7 巻 1 号「オゾン水の殺菌効果と院内感染予防への応用」
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jsicm1994/7/1/7_1_3/_pdf
※5)住友化学園芸「殺菌剤の作用性とローテーション散布の重要性」
https://www.sc-engei.co.jp/myroses/dispersal/1.html
※6)筑波物質情報研究所「オゾンによる殺菌機構」
http://www.jcam-net.jp/data/pdf/06016.pdf
※7)水中農薬の塩素およびオゾンによる分解について
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jswe/15/1/15_1_62/_pdf
※8)日本医療オゾン研究会会報「農業におけるオゾンの利用(3) オゾン水による農業資材の殺菌と水耕栽培への利用」
http://www.js-mhu-ozone.com/report-review/pdf/g1/gp001-016.pdf
※9)日本医療オゾン研究会会報「農業におけるオゾンの利用(1) オゾン殺菌効果とオゾンによる水稲種子などの殺菌」
http://www.js-mhu-ozone.com/report-review/pdf/g1/gp001-014.pdf
※10)農業機械学会誌「養液内病原菌のオゾンによる殺菌」
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jsam1937/55/3/55_3_105/_pdf/-char/ja
※11)農研機構「オゾン水を利用したロックウール栽培トマトの養液殺菌システム」
http://www.naro.affrc.go.jp/org/narc/seika/kanto22/11/22_11_08.html
※12)日本食品工業会誌「新しい展開に入ったオゾン水の利用技術」
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jsfe2000/2/3/2_3_103/_pdf/-char/ja
※13)「ゴルフ場使用農薬による環境汚染防止に関する研究(第1報) 水溶性農薬のオゾン処理による分解」
http://www.iph.pref.hokkaido.jp/Kankobutsu/Shoho/annual41/shoho410306.pdf
※14)富士電機「オゾン処理における臭素酸イオン生成を抑制するためのオゾン注入制御システム」
https://www.fujielectric.co.jp/about/company/jihou_2001/pdf/74-08/04.pdf

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2件のコメント

  1. 本日検索にて参りました。
    趣味の家庭菜園にオゾンが利用できないものかと思っています。
    余談ですが子供の頃から匂いに敏感でマブチモーターが回る時の匂いが好きでした。工業高校時代に訪れた水力発電所の匂いも好みでした。
    一方コピー機器からの匂いは少々好みからは外れていたりします。
    近年様々な放電式のイオン発生機器を試してみましたがそれぞれに微妙な違いがあり、あくまでも個人的な感想ですが味わいがあります。
    オゾンも発生方法や合わせる相手にもよって様々な変化が起きるのではないか?と感じております。
    とてもたのしみです。
    ありがとうございます

  2. オゾンナノ水を農作物に直接散布することは農薬法に抵触するのか?農水省の消費・安全局農産安全管理課農薬対策室に問い合わせましたところ、病害虫の駆除を目的とした場合は農薬として扱わなければならないことから、農薬登録しなければならないとの回答。育成が良くなるなど違う目的に使うのであれば抵触しないのでは?と、あいまいな回答でした。目的を選ぶことで農薬法に抵触するか否かは詭弁だと思います。オゾン水は寿命が非常に短く、不安定なので直ぐに酸素と水に置き換わるため安心して使える水の筈です。実際に農作物に対してオゾン水を使っているのでしょうか?農薬法に縛られず農作物は一般消費者へ流通しても問題にならないのか、アドバイス戴けましたら助かります。

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